Vol.82 『ディア・ハンター』
観賞映画振り返りコラムの31回目は『ディア・ハンター』。この映画が公開されたのは1979年なのですが、その時に見逃していたので1980年のアンコール上映を観に行きました。本八幡駅前のビル内にあった4つの映画館のいずれかで観たのですが、映画館名までは覚えてません。
1979年のアカデミー賞作品賞を含む5部門を受賞した作品で、マイケル・チミノが監督。ロバート・デ・ニーロ、クリストファー・ウォーケン、ジョン・サベージ、ジョン・カザールらが出演。アカデミー賞ノミネートとなったメリル・ストリープの出世作とも言えます。
アメリカの片田舎で平和な日々を過ごしていた若者たちがベトナム戦争にかり出され、過酷な運命に翻弄される様子を描いた作品。ベトナム戦争に出征する前の部分はとてもゆったりとした空気が流れ、希望に満ちあふれた結婚式、仲間と過ごす鹿狩りなど、どこか牧歌的な印象もある日常が描かれます。
後半、ベトナム戦争のシーンに突入するとそれとは対称的に、過酷な戦場や、捕虜となり虐げられた扱いを受けたり、ベトナム兵の賭けの対象としてロシアン・ルーレットをやらされたりと、まったく違う印象の映画に変わります。前半のシーンがあるからこそ後半の緊張感などが増幅され、さらにはベトナムから帰国した後の日常が冒頭で描かれた日常と微妙に違う空気が流れていることに気づきます。
アメリカこそ正義と信じ戦争に参加したにもかかわらず、帰国後、彼らを待っていたのは冷たい視線。幸せな未来しか思い浮かばない結婚式を挙げたスティーブは負傷によって車椅子生活となり(この不幸は結婚式で飲み物を飲み干すシーンで示唆されている)、デ・ニーロ演じるマイケルは鹿を打てなくなった。捕虜としてロシアン・ルーレットをさせられたウォーケン演じるニックは精神的に病み、ベトナムから帰国しない……。
戦後、アメリカで大きな問題となったベトナム帰還兵の心の闇を3人の若者の姿を通してダイレクトに描写した映画で、私はあえて問題作という表現をしたいと思います。アカデミー賞を受賞した作品でここまで賛否両論が分かれた映画はあまりない気がします。ベトナム人の描き方などに異を唱える人がいますが、議論される本質はそこではなく、ベトナム戦争がもたらしたものにどう向き合うかという問題をつきつけておきながら、その答を明確に提示していない点が意見の分かれるところ。
戦争の悲惨さを直接的に訴える反戦映画では決してありません。観客がどの若者に共感するか、そして見終わった後どのような印象を持つかなど、その答をすべて観客自身にゆだねることでの問題提起をしている映画です。普通、映画を見終わるとその映画のことを語りながら映画館を後にしたりするわけですが、この映画の場合、映画館から出てくる人はみんな無口。どこかやりきれなさを感じさせながら、それぞれの心に一つ二つ思う部分を焼き付けた、そんな感じではないでしょうか。
もちろん名作として映画史上に残る作品ではありますが、その残したものの大きさに戸惑いも感じるのも事実で、後に様々な問題でハリウッドからほされてしまうチミノ監督の根本的な批判はそういったところから出ているのではないかという気がします。アメリカ人として触れられたくない部分にずばっと切り込んでいってしまったという点ですね。これはまた別な作品のときに書きたいと思います。
この映画でもっとも印象的なロシアン・ルーレットのシーン。デ・ニーロとウォーケンの迫真の演技は観る者の心を揺さぶる名シーンです。特にウォーケンがすばらしいですね。ただ、個人的には、そのシーンを導き出すために使われた時間がちょっと長すぎる気がします。
前半の日常シーンがあってこその後半と先ほど書きましたが、それにしても長い。このシーンは本当に必要なのか?と思われる部分も何カ所かあります。鹿狩りに行く途中、一人置き去りにし、車が戻ってくる、乗ろうとするとまた行ってしまう……。こうしたちょっとしたシーンではありますが、そういったシーンが入るがために冗長な感じになり、とてもテンポが悪い感じがします。
シナリオをもっと精査すれば3時間を超えるような長さにはならず、もっとテンポのいい作品になったんじゃないでしょうか。チミノ監督のこの次の作品ではさらに長い映画となり、大不評となります。監督のこだわりなのかはわかりませんが、よくも悪くも1970年代の映画と言えるでしょう。
ちなみにこの映画のテーマ曲を担当したジョン・ウィリアムズは、『スター・ウォーズ』で知られている作曲家のジョン・ウィリアムズとは別人です。クラシックギターによる静かな音色がとても印象的で映画音楽の中でもとても好きな曲です。
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コラム, 戦争映画
2010/01/24 17:35 MOVIEW