『サカサマのパテマ』吉浦康裕監督、ロングインタビュー到着
文化庁メディア芸術祭アニメーション部門優秀賞ほか各賞受賞!
世界で最も大きなアニメーション映画祭であるアヌシー国際アニメーション映画祭に正式招待、第26回東京国際映画祭での特別招待作品としてのジャパン・プレミア上映を行った『サカサマのパテマ』。
アニメ評論家の藤津亮太さんが吉浦康裕監督に行ったインタビューが到着しました。
●ユニークなサカサマ世界が生まれるまで
Q:『サカサマのパテマ』の、「重力が働く方向が正反対の二つの世界がある」というアイデアはとてもユニークです。これはどこから生まれた発想でしょうか。
『サカサマのパテマ』のそもそもの企画の成立に立ち返ると、動機は結構シンプルなんです。子供の頃、晴れた日に空を見上げていると空にひゅっと落ちてしまいそうだと妄想をしていたことありました。そのイメージがスタート地点で、そこから「逆さまの人間がいて空に落ちそうである」というビジュアルが思い浮かんだんです。
少年がサカサマの少女をつかまえているという、映画のポスターの原型となった絵もその時点で描いてありました。映画のコンセプトは、一言で言い切れるぐらいシンプルなほうがいいと思います。
Q:ビジュアルからスタートしたんですね。
はい。そして、そこから「これでどういう面白い物語がつくれるだろうか」と考え始め、キャラや世界観を固めていきました。注意したのは、この「逆さま」というビジュアルの面白さを、ちゃんと感動……というか、観客の心を動かすような内容へと落とし込まないといけないということ。そうでないと単なる「面白い映像を作った」というだけで終わってしまうので。
では「手を離さないと彼女は生きていけない。空に落ちてしまう」という絵のモチーフから何を引き出すことができるか。そこからは理屈で考えていって「同じ場所にいるけれど、全然違うものを見ているふたり」ということが導かれてきて、これなら普遍的なテーマになるだろうと、いうところに行き着きました。
Q:非常に寓話的な内容でもあります。
実は僕はSF的な題材をよく扱う作家だといわれるようなことが多いんです。それは、人間とアンドロイドの関係を描いた『イヴの時間』の印象が強いんだと思うのですが、スタッフに言わせるとちょっと違うと。SFはSFでもサイエンス・フィクションではなく、藤子・F・不二雄先生のいう“少し不思議”のほうじゃないかと。それは確かにそうで、細かい設定や科学的考証に重きがあるというより、SFというガジェットを使って何かをわかりやすく伝えることが多いなと自分でもそう思いました。そういう意味では『サカサマのパテマ』もそういう作品になっていると思います。
Q:テーマが見えたことで物語も具体的に固まり始めたのでしょうか。
そうです。最初はかなり冒険活劇寄りの映画にしようと考えていましたが、テーマが見えてきたことで、むしろ二人の関係性を描く映画……つまり恋愛映画のように描いたほうがいい作品だな、と。そういう方向転換はありましたね。予算のスケールからしても、恋愛映画のほうがちょうどいい感じでしたし。
Q:長編には初挑戦ということですが、脚本執筆の苦労はあったのでしょうか。
これまで散々短編ばかりやってきましたので、そこはむしろスムーズでした。短編をいろいろ書いてきたおかげで構成力が身についていたのだと思います。短編的なアイデアをぐっと引き延ばして作った大きな流れの中に、さらに短編要素を詰めていくような感じで脚本を書きました。自分の中にある短編のノウハウを総動員して作った感じです。
Q:映像の見せ方も、テーマと密接に結びついてすごく凝縮されていました。
コンセプトが上下ですから、横方向への移動が増える「冒険」の要素はできるだけカットして、縦方向の移動を中心に描こうとしました。『パテマ』の作画枚数は、2万枚強なのですが、これはこのジャンルのアニメとしてはすごく少ないんです。それは、縦移動の表現が、キャラクターをスライドさせることで省力化したからです。その分、自分が得意なカメラワークを生かした演出を心掛けました。
Q:これまでの監督作品と比べるとロングショットも多く、やはり映画ということを意識して演出されたのでしょうか。
今回、映画を作ると最初に決めた時、「ドアの外に出るアニメを作ります」と意思表明をしました。『イヴの時間』を作ってちょうど僕の20代は終わったんですが、20代を振り返ると、なんだか椅子に座って喋るアニメばかり作っていたな、と(笑)。それで、ここらでちょっと違うことをやろうと。そこで今回は、全体をまず3幕構成に従って4分割して、各ブロックに必ず何かスペクタクルなシーンを入れようと考えました。
Q:空に落ちた先のサプライズは、インパクトがありました。
次第にディティールが浮かび上がってくるところは、実は押井守監督の『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』を意識して演出したところなんですよ(笑)。あの展開は物語も後半にさしかかっているのに、なお新展開が起こるというサプライズで、得体の知れない感じを出したかったんです。空についての説明もほとんど入れないことで、『2001年宇宙の旅』などが持っているような、言葉で説明できないような未知のものと遭遇するというスパイスを、エンターテインメントの枠の中でやってみようと思ったからです。
●パテマ、エイジ……。息づくキャラクターたち
Q:各キャラクターはどのように生まれたのでしょうか。
最初は、パテマのほうが内向的で、エイジのほうが活動的、というアイデアだったんです。でも、逆さまの状態でパテマがこの世界にいる、ということは、彼女はどこか別の社会からやって来たということですよね。そうするとむしろパテマは活発な性格でないといけない。そこで必然的にエイジのほうは、ちょっと内向的にしよう、ということになりました。
Q:パテマというキャラクターを描いていく上で、大事にされたことは何でしょう。
やはり、出会う状況が状況のキャラクターなので、誰もが「助けたい」と思えるキャラでないとダメだろうと(笑)。キャストの藤井(ゆきよ)さんにも「とにかく嫌みのない演技をしてください」とお願いしました。
Q:一方、エイジはどうでしょうか。
エイジはちょっと迷いました。最初は正統派の冒険活劇ものの主人公として書いていたんです。でも、脚本を読んでもらった女性スタッフの反応がよくない。エイジがいまいちカッコよく見えないと(笑)。それで「どうしよう」となりました。
パテマはお姫様的に可愛らしくするということで落ち着いていたので、エイジは対比としてちょっとアンダーなキャラにしてみたらどうだろう、と。じゃあ、アンダーでしかも、かっこいいキャラというのはどういうタイプか。きっと不良っぽくて影があって、『耳をすませば』の天沢聖司みたいな雰囲気を持っているんではないかと。そんなイメージでセリフを書いてみたら、うまく転がり始めたんです。
男性キャラクターで難しいのは、ちょっと油断すると自分自身の投影になっちゃって、逆にうまくセリフが出てこなくなっちゃったりするんですよ。むしろ自分とはタイプが違うキャラにした方が、セリフは書きやすいんです。
Q:悪役であるイザムラをどう描くかもこの作品のポイントだったのではないでしょうか。
はい。悪者は悪者でもファンが付くような悪者にしたかったというのがひとつ。もうひとつ思い切ったのは、今回は悪者には悪者の事情があるという点はバッサリと切り捨てたことです。もう気持ちいいぐらい悪者にしようと思って。そうなると、逆に書いていて一番気にすることがない楽しいキャラになりましたね。
イザムラはとても人間的なんですよ。表情も豊かだし、サカサマ人を「罪人」っていっている割には、パテマを手籠めにしようとする嫌らしさもあって。非常に人間臭いというか(笑)。今回は正統派冒険活劇映画にしようと思ったので、悪役は悪役らしくストレートにした方が作品として幸せになるかな、と思ったんですね。
冒険もの、恋愛ものの要素がありながら、キャラクターのやりとりには随所でユーモアも滲みます。パテマを家においてエイジが出かけようとするところ、ラスト近くで、パテマの幼なじみのポルタとイザムラの部下だったジャックが会話するところなど印象的です。
ロンドン、パリなどで上映した時は、パテマがエイジを何度も呼び止めるくだりがバカ受けしまして、ほっとしました(笑)。『サカサマのパテマ』に限らず、どの作品もユーモアを込めたいな、というのはあります。僕は高校時代に演劇をやっていたこともあって、芝居的な笑いを入れ込んでみたいんです。今回も、シリアスな物語ではあるんですが、箸休め的にそういうシーンを入れたいなとは思っていました。
●世界を作り上げるためのスタッフ
Q:『サカサマのパテマ』は逆さまのアングルのカットも多いのです。作画をする上で結構、ハードルが高かったのではないでしょうか。
幸い自分は『イヴの時間』から引き続き、3DCGで空間を構築して構図を決めるという方法をとっていました。そのまま『サカサマのパテマ』もその体制で始めたのですが、逆さまの構図を全て手描きのアニメーターに任せていたら、とても大変なことになっていたでしょうね。そのことは作り始めてから気づきました。実際、作画監督からも「3DCGがなければ無理でしたね」といわれましたし。そういう意味では僕の手法と「逆さま」という題材がジャストフィットしたんです。
Q:3DCGで組んだ背景をそのままレイアウトとして使ったのでしょうか。
はい。美術監督の金子(雄司)さんがすごく優秀な方で「これぐらいしっかりガイドラインがあるなら、そのまま背景にします」ということで。今回の背景美術は、この金子さんの世界観や画力にかなり負っています。
Q:金子さんの美術のどういうところが魅力なのでしょうか。
僕は映画の中で建築をかっこよく見せたいんですが、そのためにはちゃんと建築の知識に裏付けされた絵でないとダメだろうと考えています。今回は地下世界と地上世界と二つあるので、特に建築物はキーになるだろうと。それで金子さんと面識を得て、最初に地下世界のイメージボードを描いてもらったら、めちゃくちゃできがよかったんです(笑)。それで、是非よろしくお願い致します、と。
Q:地下世界と地上世界では建築物も対照的です。
地下世界は、巨大な建築物がごちゃごちゃとそのまま都市になっているようなイメージです。一方地上世界は、少しノスタルジーを感じさせる“空想科学漫画映画”の雰囲気がほしかった。そこで金子さんには、ブラジルの計画都市ブラジリアにあるような近代建物がほしいとオーダーしました。すると金子さんのほうから「ブラジリアを計画した建築家ルシオ・コスタはル・コルビジェの影響を強く受けている。それならコルビジェ自身が手がけた、インドのチャンディーガルを参考にするのはどうだろう」と逆に提案をしてくれたんです。
で、写真集を見ると確かに、チャンディーガルの建物はすごくよかった。実作業でも、たとえば僕が学校の教室の大まかなコンセプトを用意すると、そこ開放感のある窓と、天井が窓の外まで続いているデザインを付け加えて、近代建築らしいディテールを足してくれたりしました。
キャラクターデザインは『イヴの時間』とまたちょっと違う雰囲気になりました。キャラ原案は『イヴの時間』と同じ茶山(隆介)さんにお願いしましたが、今回は冒険活劇なので、シャープでカッチリしているよりは、丸っこくて温かみのある線にしたかったというのがありました。ちょうどアニメーション用のデザインをまとめていただいた作画監督の又賀(大介)さんのオリジナルの絵もそんなテイストなんです。それで「あ、これでいいんじゃないか」と決めました。
Q:『THE IDOLM@STER』にも関わっているコスチュームデザインの杏仁豆腐さんはどういう経緯で参加されたのでしょうか。
パテマの衣装というのがなかなか難産で、茶山さんも苦労されていたんです。それで「ちょっと別の人にお願いしてみようか」と。そうしたら杏仁豆腐さんが、もこもこしているのにかわいい防護服を描いてくださって「あ、これはいいね!」となりました。そこでパテマの衣装については、杏仁豆腐さんにお願いをすることになりました。
Q:吉浦監督自身のキャラクターのデザインに対するこだわりというのは、どこがポイントですか。
僕は作品ごとに適切なデザインの絵を当てはめることが大事だと思っていいます。今回はパテマというキャラクターがとくに重要で、地下世界にいるんだけどとにかく可愛くて、嫌みがなく、みんなから好かれる人であることがわかるデザインにしたい、と。演出面でも、前半は地下世界ではいかに彼女がみんなから好かれているかっていうことに注力しました。
Q:今回、光の使い方、それからポイントで入る立体的なカメラワークも非常に印象的でした。
僕は、コンポジットといわれる、素材を組み合わせ最終的な完成画面を作る作業を自分自身で行っています。ほかにもスタッフはいて、手伝ってはもらいますが、映像の方向は完全にこちらで決めています。『サカサマのパテマ』は、光を含め画面に対する“味付け”が多いですね。というのも、金子さんの硬質な美術と、やわらかいキャラクターを一つの画面の中で馴染ませるために、撮影で情報量を増やしたからです。
カメラワークについては、『サカサマのパテマ』だから、というより、僕自身のロジックで自然とそうなっちゃっているところはあります。古風な雰囲気のあるキャラクターだし、背景も手描きなので全体としては懐かしいテイストがあるにもかかわらず、パース感やカメラワークは3DCGがあるからこそできるものになっていて、このハイブリッド感は非常に新鮮で、やってよかったと思いました。
●ラストシーン。そして、その先へ――。
Q:映画は最後に大きな「オチ」が待っています。あれは最初から考えてあったのでしょうか。
いえ、実は考えていませんでした(笑)。プロットの段階で考え出したものです。そもそも、物語の展開として、パテマがそのまま空へと落ちていったらどうなるのか、というのを入れたいと考えていたんです。ただ、そのまま落ちただけではお話にならない(笑)。そんな時に、あるライブにいって2階席からステージを見ていたら、アンコールの演出でパッと天井の照明がついたんです。それを見て、オチを思い付いたんです。
Q:そこから、ラストが導き出されるわけですね。
そうです。そのオチから、それまで迷っていたエンディングのまとめ方も決りました。ラストもずっと迷っていて、たとえば「パテマの逆さまが元に戻りました。ふたり一緒になれました。めでたし、めでたし」はわかりやすいけれど、安直ですよね。
どっちかの価値観に合わせちゃうということは、サカサマ人を否定し続けている悪役のイザムラと同じ考え方になってしまうし。じゃあ、、どういうラストがあるか。それが先程のオチがヒントとなって、最後の大オチを思いつくことができた。それでようやく「これで終わった感じになるな」と思えました(笑)
Q:違う価値観を持ったまた信頼し合う、という要素はすごく現代に必要なものを描いていると思いました。
なるほど。時代性というものを強く意識したわけではないですが、エンターテインメントを真面目につくろうとすると普遍的なものが入ってきますよね。その結果だと思います。
Q:お話をうかがっていると、『サカサマのパテマ』は、これまで以上に多くの人に楽しんでもらいたいと考えて作られたのかな、いるのかなと思いました。
多くの人に楽しんでほしいのはこれまでと変らないんですが、『イヴの時間』は、見た目がハードなSFに見えたり、セリフ芝居中心だったりで、中高生以上の作品だったとは思うんです。『サカサマのパテマ』は、それよりももうちょっと広げて小学生から、うちの両親ぐらいの世代まで楽しめるように広げたいというのはありました。海外の上映ではファミリー向けとして宣伝されたので、小学生ぐらいの子供さんがストレートに楽しんでくれているのを見ました。
Q:『サカサマのパテマ』を作っていて、大変だったところというのはありますか?
いや、『サカサマのパテマ』は今までの作品の中では比較的精神的に楽に作れたほうでした。「これをあとどのくらい作り続けるんだろう」と思いながら『イヴの時間』を作っていた時のほうが相当、つらかったですね(笑)。
Q:それは何が違うのでしょうか。
『イヴの時間』の時は、いろんなことをひとりでやっていたので、様々な問題をひとりで抱えなくてはいけなかったんです。相談できる相手もあまりいなくて。今回は、映画を作るという目的も明確にあり、スタッフも集まってくれたので、そこが違いますね。先ほどお話したように、こちらが何かアイデアをいうと金子さんのように、それについていろいろ打ち返してくれることもたくさんありましたし。
Q:すると、制作は順調だったんですね。
そうですね。ひとつ不安があったとすると、「逆さま」という映像のおもしろさは、作ってみないとわからない、というところでした。最初に配信で見せた冒頭のAパートを完成させるまでは、「逆さま」というコンセプトがおもしろくなるのか、スタッフも100%の確信はもてない状態で作業をしていたようで。完成した映像を見て、スタッフは「あ、なるほど」と思ってくれたらしいです(笑)。
Q:吉浦監督にとって、『サカサマのパテマ』という作品は、どういう位置づけの作品になりましたか。
やっぱり初長編というのはひとつあります。20代で作った『イヴの時間』は、制約を逆手にとってがむしゃらに作った作品でした。『サカサマのパテマ』はそれに対して、「作りたいから作る」という気持ちで作った最初の作品かなと思いますね。『イヴの時間』ももちろん作りたかったんですけれど、目標の見据え方が違うというか。『サカサマのパテマ』は映画が作りたくて、映画を作ろうと思って企画を立てて、自分でスタッフも集めて、映画を作った。そういう意味ではスタート地点だと思っています。是非このスタッフで新しい作品を作りたいと思っています。
Q:最後に、これから『サカサマのパテマ』をご覧になろうとしている方にメッセージをお願いします。
この作品は、「ヒロインだけ重力が逆に働いていたら?」というアイデアを突き詰めて、正統派のボーイ・ミーツ・ガールにまとめた作品です。非常にシンプルな作品なで、ビジュアルを見て「あ、面白そう」と思ったら、その通り楽しんでいただける映画だと思います。ビジュアルの通りの映画ですので、是非見ていただきたいです。
『サカサマのパテマ』
Blu-ray&DVD 4月25日発売
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©Yasuhiro YOSHIURA/Sakasama Film Committee 2013
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